RIEEMは、早稲田大学内の競争的資金を得て2016年に設立した研究所です。 環境経済学は学際的な学問であり、学内にも関連する分野の研究者はいますが、各学術院は独立性が高く、連携はあまり行われていませんでした。 そこで、この研究所を立ち上げ、関連分野の研究者に参加してもらうことにしたのです。 現在では、学内だけでなく、国内の大学・研究機関との連携や海外の大学との共同研究も活発になり、5つの研究プロジェクトを精力的に進めています。
気候変動を抑えるには、私たち一人ひとりが省エネに努めることが大切です。 そこで、1つめの「省エネルギープロジェクト」は、人々の省エネ行動がどのような要素によって促されるかを、サーベイや社会実験によって研究しています。 例えば、あるホテルに協力していただき、宿泊客が冷房のために使った電力が前年の水準よりも少なかった場合に、お礼として、プリペイドカードを渡すか、WWF(世界自然保護基金)への寄付をするという社会実験を行いました。 その結果、WWWへの寄付が、省エネを促すこともわかりました。 プリペイドカードも効果は高いのですが、人は必ずしも実利のためだけに行動するわけではないのです。
2つめは、「途上国プロジェクト」です。途上国における省エネ行動の研究として、例えば、フィリピンの人々が省エネ電気製品を購入する際にどのような要素を重視するかを調査しています(→中井先生のページにリンク)。また、途上国では、薪を燃やして調理することによる室内大気汚染が健康被害を引き起こしています。これを防ぐ方法をインドとブータンで研究しており、ブータンでは、薪を燃やすことの危険性とクリーンなエネルギーへの転換を人々に訴えるのに、テレビが有効であることを見いだしました。
3つめは、「炭素価格プロジェクト」です。 炭素を排出するとお金がかかるようにすることは、気候変動対策として有効と考えられます。 環境省から研究費を受けて、学内と連携大学の研究者により「カーボンプライシングの事後評価と長期的目標実現のための制度オプションの検討」という研究を進めています。 この研究では、東京都と埼玉県で行われた排出量取引を事後評価し、排出量削減に有効だったことを明らかにしました。 また、新たな制度として、炭素税の「二重の配当」を研究しています。 これは、国が徴収した炭素税を、企業の法人税の減税に充てたり、社会保障負担の削減に用いる制度で、炭素排出量を削減しつつ、グリーンな企業の経済活動を活発にすることができます。 また、中国・清華大学や韓国・慶熙大学と連携をしながらの研究も進めています。
4つめの「企業プロジェクト」では、環境負荷低減のための企業の自発的な取り組みを国際比較する研究が進んでいます。 企業活動の環境への影響は複雑なので、どのような根拠に基づけば環境負荷を低減できるかは難しい問題です。 この問題を、データと企業へのインタビューにより研究しています。 いわゆるScience Based Targetsについても(→Malen先生のページにリンク)ドイツの大学と連携しながら研究を進めています。
どんなに効果的な制度を設計しても、それが受け入れられなくては意味がありません。 そこで、「政策受容プロジェクト」では、一般のみなさんを対象に、炭素税や排出量取引への支持がどのぐらいあるのか、炭素税収の適切な使い道についての考え方等について調べています。
これまでの研究は、様々な形で実を結んでいます。 その1つは、2017年に『環境経済学のフロンティア』(日本評論社)という本を出版したことです。 RIEEMの幹事の一人である商学学術院教授の片山東(はじめ)先生、客員研究員である青山学院大学経済学部教授の松本茂先生と、私が編者となり、研究所のメンバーを中心に執筆していただきました。 環境経済学は理論研究が中心だったのですが、この本では、データの解析や社会実験で得られるエビデンスに基づいた政策立案に貢献しようという動きを紹介しており、日本の環境経済学の到達点を示す内容になったと自負しています。
個人的には、2018年に環境経済・政策学会学術賞をいただき、2020年には環境科学会でも学術賞に内定しています。 RIEEMで着実な成果を挙げてこられたことが、受賞につながったと思います。 また、若手研究者の育成にもRIEEMは大きな役割を果たしています。 RIEEMに在籍していた宮本拓郎さんは東北学院大学、中井美和さんは福井県立大学、功刀祐之さんは京都経済短期大学、定行泰甫さんは成城大学に、それぞれポストを得ました。
研究の国際化にも力を入れており、RIEEMを環境経済学研究のアジア拠点とすることを目指しています。 すでにフィリピン、インド、ブータンとの共同研究はお話ししましたが、中国の精華大学、韓国の慶熙大学校との共同研究も行っており、その成果は、Environmental Economics and Policy Studies (EEPS)という学術雑誌の特集号 “Carbon Pricing in East Asia”として刊行される予定です。
アジアだけでなく、欧米の大学との共同研究も進めています。 アメリカのアリゾナ州立大学とは、地方自治体がグリーン購入を行う要因を探るための調査・研究を行っています。 また、ドイツのカッセル大学との共同研究では、人々の環境保全活動に、企業や学校などの非国家主体がどのような影響を与えるかについて、日本とドイツの比較を行おうとしています。 例えば、環境マネジメントシステムに関する国際規格であるISO 14001を取得している企業の社員は、自宅でも省エネに熱心であることが日本での研究で明らかになっています。
私が大学生の頃はバブル真っ盛りで、「JAPAN as No.1」と言われ、唯一心配なのが地球温暖化でした。 大学卒業後はジャーナリストになるつもりでしたが、国立環境研究所の森田恒幸先生の講義を聞いて環境経済学のおもしろさに目覚め、進路を変更しました。 環境経済学を勉強できる筑波大学の大学院に進学したのです。そして、アメリカのミネソタ大学で学位を取りました。
ミネソタ大学は数理経済研究のメッカでしたし、当時は環境経済学も理論研究が中心でしたが、私は実証が大切だとアピールしたかったので、博士論文では、酸性雨の原因となる硫黄酸化物(SOX)の排出量取引をテーマとしました。 アメリカやカナダで深刻化していた酸性雨問題の解決に、SOXの排出量取引が有効だったことを明らかにしたのです。 帰国後も、OECDのプロジェクトに参加したり、サバティカルでワシントンの未来資源研究所(Resources for the Future)に行ったりと、実証研究に関するグローバルなネットワークを築くことに努めてきました。
私の研究の中心はカーボンプライシングです。例えば、排出量取引を導入するにしても、先進国にだけきびしい制度にすると、製造業が途上国に逃げてしまって実効があがらない可能性があります。 そこで、排出量取引を導入したときにどの産業が大きな影響を受けるかを分析しました。 東京・埼玉の排出量取引の効果を調べた研究はすでにお話ししたとおりです。
私は、こうした研究で得られたエビデンスに基づく政策提言に力を入れています。 環境省のカーボンプライシングに関するいくつかの審議会の委員や、東京・埼玉の排出量取引制度検討委員会の委員などを務め、国会でも説明したことがあります。
残念ながら、排出量取引は広く導入されるには至りませんでしたが、現在は、炭素税の導入について、「二重の配当」の概念も加えた提言を行っています。 また、最近は、企業の関心が高く、企業で説明することも増えました。 国際的に活動する企業は、国際的なプレッシャーを感じている面もあるのでしょう。
私は「効率」という言葉が好きですが、炭素の排出量削減が成功するためには、「公平」と「平等」が必須です。 公平で平等な政策をエビデンスに基づいて提言できるよう、これからも粘り強く研究を続けていきたいと思っています。